働き方

今更だけど18卒が住宅業界への入社二ヶ月前に内定辞退した話

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こんにちは、2018年卒で入社二ヶ月前に内定辞退したゆうと(@yuyujiteki31)です。

僕が内定を辞退したのは今年の2月のことでした。
当時からいろいろと考えていることはありましたが、半年経った今、ようやくあのときの思いが腹落ちしたのでブログにまとめます。
同じように内定辞退していた年上の友人が、「辞めてから少し経たないといろいろ見えてこないよ」と言っていたのを思い出します。
あれって本当だったんだなあ。
入社二ヶ月前と言ったら、すでに新入社員の入社の準備が着々と整ってくるころでしょうか。
あろうことかそのタイミングで内定辞退を切り出すアホと、それを受け入れて温かく送り出してくれた某企業。
あの節は大変ご迷惑をおかけしました。
この場をお借りして改めて感謝を伝えさせていただきます。
ありがとうございました。

何の目標もなく済ませた就職活動だった

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僕の場合、内定辞退以前に就職活動そのものに問題がありました。

インターン

大学時代に遊びまくっていた僕はある日、周りの友達が「いんたあん」という単語を連呼していることに気づきました。
それが3年生の12月ころのことです。
焦って地元の有名企業の「いんたあん」に申し込んだところ、まさかの会場は東京。
スーツを着て静岡から東京まで電車で行って帰ってくるのは疲れるなあと思いました。
「いんたあん」から帰ると年末が迫っていて、忘年会が忙しくなり、就職活動は一旦置いておくことにしました。
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新宿で朝まで。

年が開けると次は新年会で忙しくなりました。

合同説明会

そしてようやく落ち着いた2月ころ、周りの友人たちが今度は「ゴーセツ」なる文字列を発音していることに気がつきました。
「ゴーセツ」が「合同説明会」の略であることはすぐにわかりましたが、その「合同説明会」がいつどこで何のために行われるのかは皆目検討もつきませんでした。
どうにかして情報を手に入れて合同説明会に参加したものの、「話を聞きたい企業がねえ!」となりました。
※これは企業側に魅力がないとディスっているわけではなく、企業に一切の興味を抱くことのできなかったこちら側の問題です。
とりあえず片っ端からブースの席について、ありがたいお話にブンブン首を振って相槌を打っていると、ふとあることを思いつきました。
「そうだ、勤務地が地元静岡の企業に絞ろう」と。
就活情報誌が言っていた「就活の軸を持て!」というアドバイスを参考に考えたところ、職種や業種に一切の興味がなかった僕は勤務地を就活の軸にすることにしたのです。
どうしてあのときの僕はこんな意味のわからない条件を軸にしてしまったのでしょうか。
今や一ヶ月以上同じ場所に住み続けられない体質になった僕が、もしもそんな会社に入っていたらノイローゼになること間違いなしです。

内定ゲット

何はともあれ無事に?軸を設定した僕は、ほぼ転勤のない住宅業界を中心に受けて、とある一社から内定をいただくことができました。
関東のとあるエリアでは知らない人は一人もいない、とても大きな住宅会社の関連企業でした。
はじめは就活バッグすら持っておらず、黒のリュックで説明会に行っては友達に笑われ、エントリーシートの添削も、面接の練習も一度たりともしなかった僕が内定をもらうことができたのです。
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どこからどう見てもアシックスである。

これから就活を控えていて、内定をもらえるかどうか不安な大学生の人たちはどうか安心してください。

とにかくどこでもいいから内定をもらうだけなら誰でもできます。

僕はこうして内定辞退した

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5月に内定をいただいた僕は速攻で就活を切り上げました。

よっしゃ!これであとは遊ぶだけや!
このときの開放感は凄まじかったです。

とにかく遊ぶ

以前までの僕は、遊ぶと言っても朝まで飲み会をしたり、近くの街までご飯したり買い物したり映画を観に行くくらいでした。
ところが内定を取ったあとは少し違いました。
あまりの開放感からか、車を借りたりヒッチハイクをしてとにかく新しいところへ出かけるようになりました。
▽合わせて読みたい
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伊豆のいい感じのところ。

そして結果的に、このときの経験が内定辞退の大きな原動力になりました。

いろんなところのいろんな景色を見たり、いろんな人のいろんな考え方に触れる内に、「あれ、わざわざ好きでもない会社に入らなくても生きていけんじゃね?」となったのです。
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北海道のいい感じのところ。

実際には収入のメドなんて1mmも立っていませんでした。

でも、好きでもない仕事でずっと同じところに住み続けて月20万円もらうより、生活費を下げて好きなときに好きなところで生きる方が絶対に楽しいことに気づいてしまったのです。
もしちょっと困ることがあれば、ちょっとバイトをすればどうにかなってしまいます。
それに人生は一度きりですよ?こういう言葉はあまり好きではありませんが、今日死んでしまっても悔いがないように生きていこうと決めたのです。
こうして9月ころからウズウズしていたのですが、12月にタイへの航空券を奢られて、さらに価値観が崩壊しました。
▽タイへの航空券を奢られた話
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タイのいい感じのところ。

まだプロ奢ラレヤーを名乗る前の青年(@taichinakaj)やタイで飲食店を経営する日本人、僕と同じように無料でタイに飛ぶことができた同士たち。

ヒッチハイクで出会う人たちとはまた別の世界の人たちと話をするうちに、無理して就職するメリットは何一つないことに気づけました。
好きでもないことをやっている間にも時間はどんどん過ぎていくのです。
むしろこのまま何も考えずに会社に入ることの方が不安でリスクがあるように感じていました。

内定辞退

と言ってもすぐに動き出したわけではなく、実際に会社に連絡をしたのは年が明けた2月のことでした。
僕は、大学卒業を二ヶ月前に控えたタイミングで内定辞退したい旨を伝えることにしたのです。
特にこの時期である意味はありませんが、これ以上遅くなると会社的にまずいだろうと考えました。
会社に入ったことがないのでこの感覚が正しいかどうかはわかりませんが。
電話で全ての話が済むと思っていた僕は、本社に呼び出されて話をすることになりました。
「なんだかおおごとになりそうだなあ」とソワソワしていました。
実際に行ってみると、対応してくださったのは就活初期から面識のある人事の人と部長みたいな偉い人の二人でした。
全く高圧的な印象はなくて、ハッキリしない僕に対してただ淡々と説明責任を問うてくるタイプの面談でした。
たぶんだけど僕の内定辞退はすごい多くの人を勘違いさせてしまっていました。
何かめちゃくちゃやりたいことがあって内定辞退したんだろ?って思われるかもしれないですけど、そうじゃなくて、ただ会社勤めが嫌だっただけなのです。
このとき面談してくれた二人もたぶんそうでした。
確かに一般的に考えれば、やりたいことがあるのが普通なのかもしれません。
だけど、だから、めちゃくちゃやりたいことなんて一つもなかった僕は、ただただ返答に困ってしまいました。
けっきょく僕がハッキリとしたことを言えずにいるので(しかしそのくせ意志はめちゃくちゃ堅い)、最後には部長さんも半ば呆れて「後悔だけはしないようにしなさい。」と言って送り出してくれました。
これが、僕が内定辞退するまでのことです。

内定辞退した後のことと、両親は何て言ってた?

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内定辞退程度じゃとやかく言わない人たち。

書類とかいろいろめんどくさいんじゃ?と思っていました。

しかし実際に手間のかかることは何一つありませんでした。

内定時に配布されていた書類を本社に返送するだけで、あとは何もする必要がありませんでした。
逆にこんなアッサリでいいの?と不安になってしまいました。
内定証書みたいなものを封筒に入れるときに母が少し寂しそうな顔をしていたのが印象的でした。

そういえば、内定を辞退することは会社に電話をする前日に両親にも伝えていました。
決して仲が悪いわけではないのですが、普段から将来の話なんて1mmもしない間柄なので緊張しました。
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全員揃って行った最後の家族旅行in仙台。5年近く前。

むしろ会社との面談よりも緊張していたかもしれません。

でも、怒鳴られるまで覚悟していた父が「進みたい道があるならやめればいい」と言ってくれて、正直めちゃくちゃ嬉しかったです。
ただ、「こんなギリギリのタイミングでやめて大丈夫か?会社から訴訟を起こされたりしないか?」と心配のポイントが終始ずれていたのは今思い出しても笑えてきます。
母はちょっと泣きそうになりながら「なんのための大学4年間だったの?」と言っていました。
でも、僕はこの4年間がなければ今の自分になれていなかっただろうし、大学に入れてくれた両親には感謝してもしきれません。
これを思い出す度に「親の誕生日くらいは何かしなきゃなあ」と身が引き締まるのです。

不安

不安は、そりゃ少しはありました。
面談が終わって本社を出た瞬間に、「もう誰も自分を守ってくれる人はいない」という事実を急に実感して泣き出しそうになって、友達に電話したりもしました。
でもこのときから、けっきょく今の今まで、いよいよ会社勤めをしなくて後悔したことは一度もありませんでした。
周りがこういうことに寛容だったおかげで僕のこの行動を全否定するような人は一人もいませんでした。
だからこそ内定辞退なんてことができたのでしょう。

半年経った今、または僕が焼き芋屋さんになりたい理由

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そして内定辞退から半年とちょっとが過ぎた今、ずっと企業に興味を持てなかった理由がぼんやりと見えてきました。
きっかけはこの本と出会ったことです。
タイトルにある通り、お金のいらない国を描いた短編小説です。
こちらから前半部分が読めるので、先に読んでもらえると僕の言ってることがわかりやすいかもしれません。

お金がもらえなくてもその仕事がしたいですか?

もしもこの世界からお金がなくなったとき、あなたは今の仕事を続けたいと思いますか?
もしかしたらその仕事そのものがなくなってしまうかもしれないですね。
僕はこの世界からお金がなくなったとき、本当にやりたいのは会社員ではなかったと確信しました。
この世界からお金がなくなったとしたら、一番に思いついたのはやっぱり焼き芋屋さんでした。
自分の大好きな焼き芋を人に食べてもらって喜んでる顔が見れる、それだけでいいんじゃないかなあって。
はじめは焼き芋なんて好きな食べ物のひとつでしかありませんでした。
でもちょっとしたきっかけでその好きを深掘りしていったときに、「焼き芋屋、いいなあ」となったのです。
あまり説明になっていませんね、詳しくはまた別で書きますね。(笑)
とにかく、幸せに働いて生きるためには、「お金がもらえなくてもその仕事をしたいか?」という問いを考え続ける必要があるはずです。

就職することに不安を感じているあなたへ

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まじでただのクソ大学生だったんです。

もしかしたらこの文章を読んだあなたは「こんなの普通の人はできない!」と思うかもしれません。

もちろん内定辞退なんて普通のことでないのはわかっています。
でも僕だって元々は本当に普通の大学生だったのです。
でも、いろんな人と会って、いろんな話をして、何も持っていない自分が本当に悔しくて、絶対に自分を変えてやるって気持ちだけは持っていました。
そう思い始めたのがちょうど一年前の8月末のことでした。
まだ何も成し遂げていない僕の話だから需要があるかはわからないけど、僕と同じように就職することを不安に感じている人にアドバイスです。
とにかくまずは持ち物を減らして、どこかで面白そうなことがあればすぐにでも飛び込める準備をしておくことです。
まだ海外に行ったことがない人は東南アジアあたりに行けば物を持つことのバカバカしさが実感できます。
あとこの本もすごくおすすめです。
シフトに縛られてしまうようだったらバイトもやめてしまった方が良いです。
働ける場所は他にいくらでもあるし生活のハードルを下げればしばらくは収入がなくても生きていけます。
僕はその上で本をたくさん読んでブログを書き始めました。
そうすると少しずつ自分の人生が転がって、動き始める感覚がわかるはずです。
もちろん僕はあなたの人生に何の責任も取れないけど、もしもそれでダメだったときはここに連絡をください。
お金はないけど牛丼の一杯くらいなら奢って話を聞くことはできます。
あとのことはそれから考えましょ。
この文章が悩んでいるあなたのためになれば幸いです。
それでは!